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骨折箇所 まだ 治らず


平成19年5月3日 自転車で「遭難」 のあと


平成19年4月28日の津志嶽 黒笠山 丸笹山 八面山の長い周回から 中4日、
5月3日 牛ノ背 天狗塚 三嶺 剣山の縦走。
のあと車まで戻る途中

平成19年5月3日 自転車で「遭難」

平成19年5月3日の手指の骨折箇所が まだ 治らず、山へ行けない日々が続い
ています。

 書棚から古い山の本を出してみて、 また読みかえしたり、やまのDVDを
見たりしています。



『処女峰アンナプルナ』



『処女峰アンナプルナ』
エルゾーク著 近藤 等訳 白水社 1960
最初の8000m峰登頂と副題がついた本。


到達高度だけなら 戦前 エベレスト挑戦の1924年イギリス隊は8500mライン
を超えて到達していたのであるが、山頂へ登頂はしていなかった。
高度だけでなく、人類が初めて8000mを超える高峰の山頂に初登頂したという
ことを副題のように ことさら強調し、1950年アンナプルナのフランス隊の
「最初の8000m峰登頂」を有名にしたのも この本のおかげであった。

1950年フランス登山隊は より抜きの優れた登山家ばかりであって、様々な困
難を克服し2名が山頂に登ったが、帰途は 大変な苦難の下山となる。
文字通り まさに九死に一生を得た奇跡の生還であったが、大きな代償として
著者らは 手足の指を失う。

登頂の栄光と引き替えに凍傷で大きな後遺症を背負った 著者エルゾーク氏は
その後もハンディキャップを見事に克服し 素晴らしい活動を続けて 後に 
フランスの青少年スポーツ大臣、シャモニーモンブラン市長など 公的な立場
でもめざましい活躍することになる。

後年 エルゾーク氏は「山は最良の教師」という趣旨の発言をしているが、栄
光と引き替えに ハンディーを背負った実体験から身に沁みての言葉であり重
みを感じる。大きなハンディをバネに生かして 後年活躍されたのだろう。


槍ヶ岳・北鎌尾根





『アドバンス山岳ガイド 槍ヶ岳・北鎌尾根』
北鎌尾根のDVD。山と溪谷社 刊 

大天井 貧乏沢 北鎌沢経由でありながら、副題に「伝説のクラシックルート、
初の完全映像ガイド」の「完全」とは、大いに異議があるところだ。

その昔 当然のごとく 葛 七倉から歩いたのでした。

そもそも 湯俣 千天出合への 長い アプローチにこそ 北鎌尾根 本来の
大きな意義があると思う。

アプローチを短縮し楽をして核心部だけ「つまみ食い」?のような、 大天井
 貧乏沢 北鎌沢経由というのも 時代の流れというものか?

そういえば 『岳人2007年6月号』は 上高地 水俣乗越 天上沢下降 北鎌
沢 北鎌尾根のコースで紹介されていた。

実は その昔 3月 葛温泉から歩き始め、途中 5m進むのに15分かかるよう
な絶望的なラッセルなどもあり、アプローチで さんざん消耗し、苦労して 
湯俣まで丸2日かかり 千天出合でやっと3日目夕方着 4日目やっと P2尾
根末端取り付くことができた。
北鎌尾根に取り付いてからも トレースなしの 大槍山頂までの長い行程は苦
労の連続だった。

北鎌尾根の本来の北鎌らしさと魅力というのは、やはり長いアプローチと下部
に多くあるではないかと思う。
北鎌のコルからの上澄だけのようなコースが今では主流になっているようで、
 昨今の『山と溪谷』、『岳人』などの 最近の発刊物を見ると 時代の変遷
とはいえ なんだか 北鎌尾根の魅力を減じているなと 感じざるを得ない。

こう思うものも 
このとき振り返れば、北鎌には下山途中のほろ苦い思い起こすのである。

 私の過去の拙い山歴でも有頂天の時には 山はいつも「謙虚さが足らん」と
手厳しい試練を与えてくれたが、この3月の北鎌尾根の下りも厳しい試練が待
っていた。

3月の北鎌尾根下山途中 、槍沢を下り、途中、デブリ地帯のアイスフォ−ル
を飛び降り捻挫。沢渡まで、腫れた足を引きずりながらの長い難行。

今思えば エルゾーク、ラシュナル両氏の処女峰アンナプルナの下山とは比べ
ものにならないほど 遙かに緩い 楽な試練であった筈だったのだが、その当
時の私には とても重い試練であった。


今度の自転車遭難も 謙虚な気持ちを取り戻す またとない絶好の機会ととら
え、ゆっくり反省のいい充電期間を山が与えてくれたと感謝する必要があるの
でしょう。

『山は最良の教師』




朝日新聞 昭和37年(1962年)12月27日


栄光の登頂と引き替えに、長い療養生活のをへて、大臣に上り詰めたモーリ
ス・エルゾーク氏の「山は最良の教師」という言葉。

5月3日の負傷から2ヶ月たったが、まだ 骨折が治らない。
エルゾーク氏の言葉が意味するところを思い さらに 焦らず じっくり充電
していきたい。


2007年7月7日 第1版制作

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